僕は大学卒業後、中小企業のOA機器の会社に就職しました。
会社の魅力ではなく、面接官(後の上司)と一緒に仕事がしたいと思い、その会社で決めました。
研修期間はたったの3日間。
入社4日目、大阪市の営業担当になり、入社一年目は片っ端から会社に飛込み営業をすることになりました。
1年目なので、文句を言わず、必死で頑張りましたが、精神的にきつい仕事でした。
大阪の人は、ストレートな言い方をするので、
「もうこなくていいよ」
「何しに来たん?」
「うちの会社は間に合っています」
いつも飛込み営業マンが会社に入った瞬間、冷たい空気を感じます。
それでも歯を食いしばり、毎日70~80件を6か月間続けました。
仕事に慣れてきたとはいえ、毎朝、1軒目の訪問は気が乗りません。
どれほど、取引のある法人を担当させてほしいかと思いました。
毎日の飛込み営業も厳しいですが、売上も上げていかないといけないプレッシャーは尋常ではありません。
数カ月間、売れない営業マンは会社を去ります。
他社の話ですが、100人入社しても2年間残る営業マンは15%以下という話も聞きました。
ただ、嘆いてばかりは入れないので、ノルマをクリアするために働き続けました。
その原動力は、お金持ちになりたい強い気持ちだったかなあ。
人生の転機
社会人6年目、仕事も覚え、営業成績もいいのですが、給料が少ないことに気付きました。
僕の社会人1年目の年収は280万円でした。
大学の同僚との飲み会で給料の話になって友人たちの給料を聞いてみると、僕の給料の少なさにショックを受けました。
友人たちの給料は年収400万円以上ありました。
僕は、あれだけきつい仕事をし、トップクラスの成績を上げていても、年収300万円半ばしかありません。
本当に衝撃を受けました。
年収300万円台では結婚しても生活は厳しいと感じ、転職を考えるようになりました。
年収300万円の会社では幸せになれない
この会社で働き続けた場合、どれぐらい給料がもらえるのか先輩に聞いてみました。
中堅クラスの社員で、年収450万円あればいい感じでした。
この会社で働き続けるのは、あまり将来はないなあと思い、転職を決意しました。
当時、リクルートエージェントに登録し、早速、転職活動に臨みました。
まずは、書類選考に受かるための履歴書と職務経歴書の作成が大切だと聞き、試行錯誤を繰り返しながら作成しました。
会社選びは、給料は今よりも良さそうな会社を選び、1軒目は自分の経験を活かせる有名なプリンターの会社に応募しました。
書類選考は受かり、面接に臨んだのですが、はじめての経験だったので、うまく話せず、撃沈しました。
その会社の製品について質問されたが、勉強不足で全然答えることができませんでした。
今回の面接を反省し、自分の営業成績を活かした強みを面接で発揮できるよに自分自身質疑応答のシュミレーションを行ってから2社目以降の会社の面接に臨みました。
この予行演習の成果がでて、製紙大手●●製紙会社、国内中堅●●製薬、外資系大手●&●メディカル、大手飲料メーカー、大手●●不動産会社の採用をもらいました。
有名会社ばかりでしたが、給料が高く宣伝で有名な製薬会社で働くことに決めました。
年収350万円から年収450万円に100万円も年収を上げることに成功しました。
年収100万円のアップは自分にとって大成功だったと思いました。
その後、自分の営業スキルを上げ、同じ業界で2年後に転職し、年収700万円にアップした。
株式投資との出会い
年収700万円に上がっても、お金持ちにはなれないと気づき、お金持ちになるための方法を探しました。
その結果、株・不動産・ビジネスでした。
さすがに、いきなりビジネスはハードルが高いし、やり方が全然わからなかったので、まずは、自分の貯金でできる株式投資をしようと思いました。
野村証券に訪問し、口座開設した後、本屋に行き、会社四季報を買い、株価が上がりそうな会社を探し続けました。
この時の銘柄選定は全然わかっていなかったので、チャートの上げ下げを見て、銘柄を決め、80万円で投資した。
3か月後、僕の株は含み損15万円でした。
株もなかなか難しいと感じました。
その後も、パッとしない成績が続きました。
このようなやり方はあまりよくないと思い、何かの法則で成功しやすいものはないか考え続けていました。
仕事のお昼休憩のとき、ジュンク堂の本屋に立ち寄ったとき、ある中国株の本を発見しました。
僕自身、中国株の存在は知っていたのですが、中国人のいい加減さも十分知っていました。
いい加減な中国企業の会計にも疑問を感じていたので、自分の大切なお金を中国株に投資することは危険なことだと認識していました。
でも、今後の中国の成長性を考えると悪くはないと感じ、株式投資・中国株に関して調べました。
日本の高度経済成長では、日本全体の経済が上がっているので、国策に影響する銘柄は国の成長とともに株価も上がっていることに気付きました。
例えば、電力・セメント・製鉄・建設・不動産などのインフラ系企業
今、バブルが崩壊した日本の株に投資するより、高度経済成長をし始めた中国株に投資することが成功する確率が高いと考え、中国株に投資することを決意した。
その結果、予想は的中し、僕のなけなしの貯金の8割を投資し、5年後に1億円を突破した。
この1億円を突破したときは、自分の心の中でバンザイをしました。
脱サラで大失敗 貯金1億円が20万円に
人生って、なかなか上手いこといかないですね。
1億円を手にした僕は調子にのり、会社を辞め、起業した。
友人の事業にも投資し、今後は更に資産を増やすことができると思っていました。
お金があると人間、つい、調子に乗っちゃうんですね。
住居はタワーマンションに住み、移動はタクシーを頻繁に使用、高い買い物も値段を気にせずに買い、色々と浪費をし続けました。
ところが、友人の会社の事業が大失敗し、投資していたお金は溶けてなくなりました。
更に、父の病気でお金がかかり、僕のお金はみるみる減少していきました。
詳細は省略しますが、結局、僕の貯金1億円は300万円以下になりました。
サラリーマンではないので、安定的な収入がありません。
毎月100万円以上かかる生活費をし続けていてはお金が底をつきます。
この時、人生真っ暗でした。
このままだと生活に困ると考え、タワーマンションから敷金・礼金0円の普通のワンルームマンションに引越しをし、再び、サラリーマンをすることを決意しました。
このとき、まさかサラリーマンに戻ることは予想もしませんでした。
以前、お世話になったリクルートエージェントに再度登録をし、就活を始めました。
リクルートの担当者から働いていない期間があると、企業の見る目はかなり不利になると言われました。
今は書類選考でも10%ぐらいなのに、あなたは7%ぐらいだと思う、ときつく言われました。
それでも、就職しないと貯金がなくなるので、めちゃくちゃ焦りました。
今までのサラリーマン時代の成績を猛烈にアピールする職務経歴書を作成し、面接に向かいました。
結局、以前働いていた会社のつながりもあって、僕の職歴がその会社の探し求めている人材のニーズにマッチし、外資系製薬会社で決まりました。
再び、サラリーマンに就職
再就職、1カ月目、タワーマンションから引越しする日がきました。
なんか、人生の頂点からどん底に落ちたような気持になりながら、最後に東京湾の景色を見納めました。
72㎡の2LDKから25㎡の狭い部屋に引越するので、大型テレビ、ベット、ソファー、その他多くの物を捨てました。
しばらくは、サラリーマンの生活サイクルに慣れるのに苦労しました。
更に、新しい知識を覚える必要があり、はじめの3か月間は非常にきつかったです。
今まで、楽した生活をしていたことに気付かされました。
引越し代含め、僕の貯金は20万円まで減少しましたが、なんとか、給料が入るようになって、僕の精神は安定しました。
それから1年経って仕事も慣れてくると、再び、FIREを目指したいという熱意が沸き上がってきました。
しかし、タネ銭(投資資金)がないので、節約しながら、貯金をすることにしました。
給料だけでは貯金のスピードは遅いので、節約と平行し、土日はバイトをしました。
サラリーマンの仕事も決してラクではありませんでしたが、FIREを達成するには、投資資金が必要なので、一生懸命バイトにも励みました。
貯金をすることと同時に、今、どんな方法が高い確率で資産1億円を成功させることができるのかを探し始めました。
2012年12月、安部晋三総理大臣が就任し、第1の矢と第2の矢は放たれ、アベノミクス効果もあって経済が好転し、株価も上がり始めた。
安部政権と黒田総裁の積極的な金融緩和の影響で、銀行・信用金庫等の金融機関が不動産融資に積極的にし始めた。
不動産投資との出会い。そして、チャンスを掴んだ
僕の資産形成を成功させたやり方は、上昇トレンドに便乗し、自分の資産を増やすやり方です。
昔から不動産投資には興味があったのですが、税引き後のキャッシュフローで考えると、どうしても労力の割には利益が出ないと勘違いをし、不動産投資はしてきませんでした。
しかし、アベノミクスと低金利政策の恩恵を受けた投資をやらないともったいないと考えていました。
資産を増やす大きな波がやってきたからです。
ある日、不動産投資成功者の友人から新築アパート投資を勧められました。
何か面白そうなやり方だと思い、担当者の面談予約をしました。
そこで聞いた話は、
1.1%前半の低金利で融資を受けることができる
2.サラリーマンは融資受けやすい。特に年収が高い人
3.新築は10年間修繕費が不要で、手間がかからない
4.1棟目がうまくいけば、2棟目、3棟目と物件件数を増やせる
5.法人を設立すれば、節税対策にもなる
6.10年後、1,000万円の貯金が作れる
新築1棟木造アパートへの投資は、非常に魅力があると思い、真剣に検討し始めました。
こちらの会社からは3軒ほど、物件を紹介された。
魅力的な利回りの物件を1つ見つけ、現地調査をしに行きました。
家賃設定されたシュミレーションには疑問を感じたので、現地の管理会社に調査をしました。
やっぱり、予想通り想定家賃が相場より高いことがわかりました。
管理会社は自分で探すことにしました。
この物件について、不動産投資成功者の友人に相談し、OKが出たので、この物件の申込をしました。
先ほどの新築1棟アパート投資のメリットとデメリットを考えても、投資する価値は十分にあると判断しました。
この取引が成功すれば、土地の仲介手数料以外、建物の物件価格に対するコンサルタント料3%が必要ということには100%納得できませんでした。
しかし、それでも、十分投資する価値はあると判断しました。
2015年6月に申込み、2016年2月建物は完成し、完成2週間で満室となった。
僕の不動産投資の快進撃の始まりです。
その1棟目から連戦連勝です。
損失なしです。
1棟目で要領を掴んだので、僕は自分で建設業者と土地を探し、融資は自分で行い、新築木造アパートに投資をしていきました。
2019年12月、5棟の新築木造アパートを保有し、資産4億円5,000万円の時点でサラリーマンの収入を上回り、再び、どん底から這い上がり、FIREすることに成功しました。
苦しい時期を乗り越え、感無量です。
不動産融資が厳しい状況でも僕の実績を評価され、更に新築1棟アパートを増やし、現在は6棟を保有しています。
不動産投資成功者の教え通りにやれば、最短で成功できるのですね。
株で1億円を儲け、その後貯金20万円まで減少し、再び不動産投資で資産1億円と2度達成できた人は少ないのではないでしょうか?
株で資産を作り、その資金で不動産投資を成功させている人は多いですが、お金がなくなった後、地道に貯金から始め、再び、不動産投資で成功した話は今まで僕は聞いたことはありません。
つまり、僕の不動産投資のやり方は再現性が高いと思います。
不動産投資は、サラリーマンをやりながら片手間でできる最適な投資であると思います。
不動産投資は、「お金がお金を生む打ち出の小槌」です。
是非、皆様もチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
人生の教訓
FIRE目指すなら、成功者のアドバイスを受けることが成功の近道!
サラリーマンは低い金利で融資を受けることができるので、誰でも不動産投資で老後2,000万円以上の資産形成をすることができます。